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実録ドキュメンタリー小説

「荒唐無稽裁判」

この話は現在進行形の実話です(名前や場所などは仮名です)。

お知らせ

連載第2話「宣戦布告の巻」

それは、日も暮れて暗くなった時間帯だった。お義母さん(山田和枝)が晩御飯の用意をしているところに電話が鳴った。和枝は、こんな時間に誰だろうと思った。出ると、男の声で「わしじゃがのお、わしじゃがのお」と繰り返す高齢の男性の声だった。名乗りもしない誰か分からない人間からの突然の電話でビックリしたが、勝気なわたしは、ちょっと強気に「”わしじゃがのお”では分かりません。」と言った。すると、直ぐに女性の声に代わり「盆地(ぼんじ)」だと名乗った。

盆地・・・それは私の実家の隣家であった。私の旧姓は川野。隣家も同姓の川野だ。わたしの実家がある田舎は、今でも市内から車で2時間近くかかる山の中にあり、部落全体でわずか15軒ぐらいしかなく、田舎という表現を越えた昔話にでてくるような小ささだ。住民も親戚同士で同姓が多く、苗字だけでは話にならないので、それぞれの家業や屋号や家の土地の特徴などで呼び合っていた。盆地(ぼんじ)は、養鶏場を営んでいた実家の隣家の呼び名であった。

ちなみに、生前の父親からは、盆地の家は親戚だと聞いていた。実際、父親は盆地の家の長男が、まだ小さい時に三輪車を買ってあげたことがあり、三輪車に乗った男の子の写真を、自分の家の仏壇周りの棚に他の記念写真と一緒に並べて、これはわしが買ってやったんじゃと言ってほほ笑んでいた。昭和40年ぐらいのことだから、小さな部落で三輪車のプレゼントというのは、なかなかのものだったわけで、自分の甥っ子のようにかわいいと思っていたから、奮発して三輪車をプレゼントした事が、自分なりに誇らしかった気持ちがあったのだと思う。

だが、父親が亡くなって30年以上は経つ。今まで電話などあったこともないのに、こんな夜に突然何の用なのだろうか。。。 電話は、元の男性に代わり、また「わしじゃがのお」と話はじめた。聞くと「養鶏場のある田んぼが売れそうだから、土地の名義変更のハンコを押せ」と言われた。土地の名義を変更するためのハンコを押せ?。。。意味が分からない、何を言っているのかと思った。

その養鶏場の土地は私の実家の土地で、もともとは父親が米を作っていた田んぼだ。父親が高齢になって、私が高校を卒業して広島市内に出て就職する頃に、田んぼはやめて、盆地が養鶏場をするのに貸していたものだ。父親からは、盆地は同じ川野で親戚だし、どうせ使わない田んぼなのだからということで、ただ(無料)で貸していると聞いていた。

そして、盆地からは、ただで貸してもらっている御礼という感じで、別の田んぼでとれた米を貰っていた。その貸している土地の名義を変えるからハンコを押せとは一体どういうことか?。。貸している土地の名義を変えるからハンコを押せ?。。何度も同じ言葉が頭の中で繰り返された。。。

自分が高校卒業をして、田舎を出てから50年以上経っている。直接に電話をもらったことなど一度もない相手からの突然の電話。父の生前には実家にもよく帰っていたが、父が亡くなってからは、お墓参り以外で帰ることなどめったに無かった。それでも帰った時には、手土産を持って挨拶に顔を出してはいたが、それ以外には特につながりや接触は無かった相手からの突然の電話だ。びっくりして上ずっているところに、「土地の名義を変えるからハンコを押せ」と唐突に言われて、もう頭がぐるぐるした。

頭がぐるぐるして、どう答えていいか分からない私の口から出たのは「うちの電話番号はどうやって知ったのですか?」だった。それに対して盆地は、おまえのことは何もかも調べてあると言った。土地の権利者であるおまえの住所、二十年ほど前に癌で亡くなった私の弟や、その弟の二人の子供たち(私の甥と姪)の住所など、さらには、どんな仕事をしていてどういうような状況であるかなどの個人的な事情なども調べがついていると言った。

 

そういうことを、たんたんと冷静で落ち着いた口調で言うのではなく、こちらがまるで迷惑をかけているかのような文句を言うような口調で言うのである。中には亡くなった弟への悪態まであり、それはまるで、時代劇に出てくる典型的な悪役のような、どうだといわんばかりの言い方だった。

 

頭がぐるぐるしていたところに、威圧的な口調で「調べはついとる、逃げも隠れも出来んぞ」と、時代劇ならお奉行が言うセリフを悪役から畳みかけられたのだが、それと同時にその言葉は、きっちりと私の逆鱗に触れた。それがどうしたと思った。頭のぐるぐるが止まった。

話があるのだがとかというような前置きすらなく、威圧的ではあるが本当の強さは感じない、弱い人間がもっと弱い人間にいうことをきかせるために怖がらせている。そんな感じで言われた私は、「ただで土地を貸しとる相手から、なんでんなことを言われなきゃいけんのか。」と思った。

頭のぐるぐるは止まっていた。どこも見てはいなかったが、目はしっかりと見開いていた。逆鱗が作動して口をついて出た言葉は、「お宅には絶対にうちの田んぼは譲りません」だった。電話は切れていた。受話器は握ったままだった。しっかりと怒りを握りしめていた。宣戦布告だ。

次回、初めてのお使いならぬ初めての法律事務所。

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